赤紫色を染める地衣類、ウメノキゴケとは。

赤紫色を染める地衣類、ウメノキゴケとは。

この鮮やかな紫色、コケの色なの?!

最初に見た時の感動は忘れられません。

ウメノキゴケという地衣類の一種から、写真のような赤紫色が染まるのです。
ウメノキゴケの色は灰緑色ですから、元の色からは想像できない鮮やかな紫色です。

この、ちょっと不思議で魅力的な地衣類を使った染色方法について、数回に分けて紹介します。

地衣類の紫

地衣類染めは、ヨーロッパで古くからおこなわれてきた染織方法だそうです。理科の授業で使われるリトマス試験紙は、地中海沿岸に生えるリトマスゴケやその他の地衣類を原料に作られてきました。

リトマス試験紙は、水溶液が酸性かアルカリ性かを判別するためのものです。リトマスゴケなどから抽出したリトマスという紫色の染料を、アンモニアで赤、塩酸で青に変化させ、それをろ紙にしみこませて作ります。リトマス自体は数種類の化学物質の混合物ですが、その中の成分の1つであるレカノール酸という物質が赤紫色の染料となるのです。

なので、レカノール酸を含む地衣類は同様に染色に使えるということになります。日本に生えている地衣類にも、ウメノキゴケ、ヨコワサルオガセ、トゲハクテンゴケ、オリーブコケモドキ等にこの物質が含まれています。その中でも比較的身近で手に入りやすく、種類の判別もしやすいのがウメノキゴケです。そのため、日本に生えているもので染色に使うことができる地衣類として、本や染織の専門誌ではウメノキゴケが紹介されています。


地衣類とは

地衣類は一般的には「コケ」の一種だと思われています。

地衣類は○○コケの名をつけて呼ばれることが多いが、一般に“コケ”という名前は木毛の字をあてるほどで、蘚苔類、地衣類、気生の藻類、高等植物の一部までも含み樹皮、岩石に着生したり、地上に生育する微小な植物の総称である。

原色日本地位植物図鑑  理学博士 吉村庸 著  保育社

このように、コケといわれるものの中には性質の違うものが一緒に含まれているのです。コケといえば有名な京都の苔寺(西芳寺)の庭に広がる美しい深緑のコケがイメージされますが、それらは主にスギゴケ等の蘚類やゼニゴケ等の苔類です。
(西芳寺の苔庭を構成するコケで、量的に最も多く、また景観的にも最も目立つものは、ホ ソバオキナゴケ、オオスギゴケ、ヒノキゴケ・・・・京都府レッドデータブック 西芳寺(苔寺)コケ植物調査より抜粋)

しかし、それら蘚苔類と地衣類は植物分類学上では違う種類ですし、全く違う性質を持っています。

地衣類というのは、藻類と菌類の共生体です。一つの植物のように見える体の中に2種類の生物が協力して生きている?なんとも不思議な生物です。

菌類は藻類にすみかと水分を与え、藻類は光合成をした糖類を菌類に与えています。そして、菌類と藻類が共生することで、全く新しい「地位体」という一つの植物体を形成し、一つの複合生物として種々の営みが行われます。地位体は、元の藻類、菌類が単独で生育する場合の形と全く違うものになるそうです。

このような密接な共生生活の結果、地衣成分という成分を合成します。地衣成分は、地衣の種類によって決まっているので、これを調べることによって種類を特定することができます。

前述の赤紫色の素、レカノール酸はウメノキゴケに含まれる地衣成分の1つです。ウメノキゴケにはアトラノリンという地衣成分も含まれていますが、そちらは黄色い色を染めることができます。

では、実際には地衣類とはどのようなものなのでしょうか。

地衣類は葉、茎の分化がなく、黄緑色または灰緑色で、菌糸がその体をつくり、藻類をその中に取り込んでいる。中略ー地衣類は日当たりのよい乾燥したところに生育することが多い。

原色日本地位植物図鑑  理学博士 吉村庸 著  保育社
木に着生している地衣類の様子
木に着生している地衣類の様子

木の幹にビロビロとした白っぽいものがついている、木の枝から白っぽい根っこみたいなものがぶら下がっている、石垣に黄色い粉っぽいものがついている、茅葺の屋根に、なんかてっぺんが赤くて白っぽいとげとげしたものが生えている、などというものが見つかったら地衣類の可能性大です。

いろいろな形があるので一言では説明できませんが、日本では1600種以上が確認されており、未確認のものもまだまだ多いといわれています。種類によって樹木や岩など着生できるものが決まっていたり、また、大気汚染の影響を受けやすいことから環境の指標になるともいわれるほどで、都市部ではみられる種類がぐっと少なくなります。

ウメノキゴケについて

そのような中で、ウメノキゴケは比較的よく見られる種類です。実際に目にした方も多いのではないかと思います。

私の住んでいる京都の郊外、宇治市でも、川沿いの桜の木や公園の樹木、梅の産地として有名な隣の城陽市では梅の古木にくっついているのを見ることができます。

梅の古木に着生しているウメノキゴケ
梅の古木に着生しているウメノキゴケ

ウメノキゴケは、その名の通り梅の木によく付着しています。お正月などには、地衣類が付いた梅の枝を生け花に使っているものを目にします。日本庭園では景色の1つとして、また盆栽でもウメノキゴケのついたものは珍重されているようです。それは、ウメノキゴケが長寿を表す縁起物と考えられているからです。

ウメノキゴケのようなものを縁起が良いと考えたり、しみじみとした美しさを感じてきた日本人の感性の豊かさ!あらためてその感覚の繊細さに感動します。

採取したウメノキゴケ
採取し、洗って乾燥させたウメノキゴケ

地衣類の見分け方について

ウメノキゴケ、と一言で言いましたが、実は地衣類というのは種類を見分けるのが難しい生き物です。種類ごとに体の中で作られる物質が違っているので、形を観察するだけではなくて、その成分を分析して初めて種類が特定できるのです。

形や色、生えている場所など、特徴を観察することで種類が分かるものもあります。さらに詳しく調べるために、簡易的に薬品を使って薬品を付けたところの色の変化を見ます。(=呈色反応)この作業で、形が似ていても色の出方が違うことから、種類の違いを判別できたりします。もっと詳しく調べるためには、採取してきた地衣類から薬品を使って成分を溶かし出して結晶化し、それを顕微鏡で観察します。(=顕微科学的検出法)結晶の形を見て、この成分が含まれているからこれは何という地衣類だ、という風に種類を同定していきます。本当は外見だけではわからないのです。

しかし、標本を作るとか植生調査をするわけではないので、染色に使う場合はそこまで正確な同定作業はしなくてよいと思います。

地衣類は大気汚染に弱く、排気ガスなどで空気の汚れているところは苦手なので、都市近郊ではそんなにたくさんの種類を見ることができません。実際はそんなに単純でもないのですが、環境の指標になるとも言われています。

地衣類の中でもウメノキゴケはわかりやすい形をしており、生えているところもだいたい決まっています。なので、まちがいやすいものだけ区別できたら、大体間違いなくウメノキゴケだろうという感じで染色用のものを採取しています。

ここであらためてウメノキゴケの特徴をまとめておきます。

ウメノキゴケ Parmelia tinctorum

 最も普通にみられる大型の葉状地衣で、樹皮や岩上(とくに石垣)に着生する。地衣体は背面灰白色から灰緑色、腹面中央部は黒色で光沢がなく、偽根を散生し、周辺部は幅広く偽根を欠き裸出し、淡黄色から淡赤褐色で光沢がある。円形ないしロゼット状または少し不規則に広がり、径は25cm以上に達することがある。裂片は幅5-20㎜で先端は丸みがある。葉片の縁はシリアを欠き、背面中央部には裂芽を生ずる。

日本では本州(仙台以南)から沖縄まで広く分布していて、大気がきれいで、日当たりがよく、適度な湿度のある所の梅、松、桜の幹や岩上に生えています。

※シリア まつ毛のようなもの。
※裂芽 地衣体表面にみられる小突起。

原色日本地位植物図鑑  理学博士 吉村庸 著  保育社                               月刊染織α No.80 染織と生活社 「ウメノキゴケで赤紫と黄茶を染める 川辺千佳代」                  参照&抜粋 

似ているもの① キウメノキゴケ 

ウメノキゴケに形が似ていて、色が黄色っぽいものはキウメノキゴケ。ウメノキゴケが白っぽい緑というか、少し緑がかった灰色(灰緑色)なので、比べてみると黄色みが強いのが分かります。

似ているもの② マツゲゴケ

マツゲゴケ 学生の時に作ったノートに貼ってあったもの。30年ほど経過しているので、色は変色してしまっています。

地衣類の縁のひらひらしたところに、まさにまつ毛のような毛が生えています。形や色合い自体はウメノキゴケによく似ています。マツゲゴケは茶色が染まるらしいです。

似ているもの③ ナミガタウメノキゴケ 

ウメノキゴケと同じような色だけど、縁がひらひらとフリルみたいに波打っているナミガタウメノキゴケという種類もあります。両者は含まれている地衣成分が同じなので、どちらも同じように染色に使うことができます。

その他にもウメノキゴケの仲間はたくさんあります。詳しくは図鑑などをごらんください。

ウメノキゴケの採取について

自宅の庭木にウメノキゴケがくっついていたら一番良いのですが、なかなかそういうわけにいきません。
そうなると、ある程度の量を集めるのが結構大変です。


よその方の持ち物であれば勝手に採るわけにはいかないので、許可を得て。

私は、今回は梅農家の方にお願いして採取させていただきました。

私の住んでいる京都府宇治市のとなり、城陽市は古くから梅の名所として知られています。中でも、青谷という地域は有名で、上州白という種類の梅が栽培されています。香りが良いのが特徴のようで、時々我が家でも梅干しや梅ジュースを漬けています。本当に香りがフルーティーだし、地元の梅というのがなんとなくうれしいので、梅干しも上州白で漬けるようになりました。

梅林には古木もあり、地衣類がびっしりと付着しています。ご縁があって採取させていただける機会があれば、染色をしたい人にとっては本当に幸運です。

もちろん、生け花用として、また庭の景色として、あえて地衣類を残している場合はあります。しかし、地衣類が放っておかれている雰囲気の場所も多いので、運よく持ち主の方にお会いできるようであれば思い切って「採らせていただけますか?」と聞いてみます。

地衣類がたくさん付くと木が弱って見えることから、快くOKしていただけることも多いと思います。実際は、地衣類は木に寄生して木から栄養を取ることはしないようです。逆に、木が弱っていて代謝が活発でないから地衣類が付くということなので、木が元気になるようにしてあげると地衣類は付きにくくなるということです。

採取する時には、樹皮や石垣などから剥がしとるので、へら状の道具があると便利です。以前は固い金属性のヘラを使っていたのですが、最近は、薄手で適度にしなるパレットナイフを使っています。樹皮と地衣類の隙間に差し込みながら、樹皮をなるべく傷つけないように地衣類だけをはがしとるようにします。老木であれば比較的簡単にはがすことができます。

また、強い雨風の日の後などには、公園や道端でも地衣類が付いたままの枝が落ちていたり、枯葉に交じって地衣類が剥がれ落ちていることがあります。そういうものを気長に集めて使うこともあります。

なかなか量を集めるのが難しいウメノキゴケですが、このコケから赤紫色が染まると思うとちょっと楽しみが増えます。気をつけて歩いていると、この辺りはウメノキゴケがたくさん見られるから空気がきれいなのかな、などと、自然や環境のことも意識したりして。

ウメノキゴケが手に入る機会がある方は、一度お試しいただけたらと思います。
このようなものから紫色を取り出して利用した昔の人の知恵にも感動です。

染色で、思いがけない地衣類の魅力に気づくことになりました。

次回は、ウメノキゴケを使った染色の方法をまとめます。

しばしお待ちくださいませ。

参考文献

原色日本地位植物図鑑  理学博士 吉村庸 著  保育社                               月刊染織α No.80 染織と生活社 「ウメノキゴケで赤紫と黄茶を染める 川辺千佳代」                  参照&抜粋 

参考 日本地衣学会ホームページ

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